鬼が来る、って子供を脅していい?それしつけっていえる?

子供が言うことを聞かない時、親が脅しという手を使ってしまうことって結構ありますよね。「鬼が来る」の一言で、小さな子供ならすぐ思い通りになるでしょう。恐怖を与えることによるしつけは即効性がある。目先の親の都合を優先するなら最も有効な手段です。

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でも子供の将来のことを思うなら最も有害な手段といえます。それでうまくしつけができたと思っていたら手痛いしっぺ返しを食らいますよ。

「鬼が来る」と脅せば、子供を思い通りにすることはできる

今目の前で騒ぐ子供を、どうしてもおとなしくさせなくてはいけないんですね?

さてどうしましょう。簡単な方法は怖い顔して「ダメ」と一言、もしくは「鬼が来る」と一言。でしょうか。うまくいきましたか?

まぁどちらも脅しですね。もちろんこんなのしつけでも何でもありません。あなたが自分の都合を優先して恐怖で子供の言動を制御しただけです。

そもそも、なぜおとなしくさせなければならなかったのですか。レストランなど騒ぐべき場所ではないところだからですか。

相手が2歳くらいの小さい子供なら、そんな場所にわざわざ連れて行かなくてもいい。そこに行きたかったのは子供じゃなくてきっとママの方。小さな子供を連れてまで、あえて行かなければ苦労しなくてすんだわけです。子供のためならレストランじゃなくて公園の芝生の上でお弁当を食べればよかったかも、ですね。

普段と違う場所に連れて行かれて、興奮するな騒ぐなというほうが2歳児には無理な話です。

相手が4歳くらいの幼児なら、どうして騒いでるのか、気持ちを聞いてあげる。どうして騒いじゃいけないのかママの気持ちを話してあげる。それでいいんじゃないのかな。

どちらにしても脅しという手段は、親の都合だけを優先してあなたが選びとった行為。子供の状況や気持ちを思いやっているとはいえません。

脅しという行為で、子供にどんなしつけをしたいのか

あなたの思うしつけって、子供を自分の思い通りになるロボットにすることなんでしょうか?

例えば、あるロボットは Aボタンを押したら掃除をしてくれる、Bボタンを押したらご飯を作ってくれる。 ロボットなので考えて行動するわけでも、いいとか悪いとかを判断してやるわけでも、相手の気持ちを思いやって行動するわけでもない。

部屋を綺麗にすることによって気持ちも整うから掃除をしようとか、 食べてくれる人の笑顔が嬉しいからご飯を作ろうとか、、そういうことじゃないんですよね。

脅す、という行為は、このボタンを押すことと同じです。怖いから言うことを聞く。恐怖ボタンを繰り返し押されることによって、子供は親の言われた通りに動くロボットになります。

ただ言われたことを言われた通りに義務的に繰り返す、あなたのしつけって、そんなロボットのように生きる方法を子供に教えるためのものなのでしょうか?

教えたいのは、行為の背景にある意味や思い

しつけって、一次的にはやらねばならないこと、守らねばならないことを教えるものなのかもしれない。でもその行為の背景にある意味や思い、それを無視して強要したら、子供はなぜその行為をしなければならないかを納得できない。

義務感ややらされてる感で何かをすることには苦痛が伴います。子供が言うことを聞かなくなるわけです。楽しめないからやりたくない、当然です。

そんな当然の状況を作っておいて、 言うことを聞かない子供に向き合うことを放棄して、さらに脅すという行為を使って子供を黙らせる。

そりゃあ子供は言うことを聞きますよね。怖いですからね。

でもこれでうまくしつけができたと喜んでいるようなら、将来手痛いしっぺ返しを喰らいます。

何をするにも自分が納得して楽しんで取り組む。親の言うことを聞かない子供でもいいから、子供にはそんな力を持って欲しいと思います。

「鬼が来る」という脅しは無視することと変わらない

子供が親の都合の悪いことをしても、 わけのわかんないことでぐずっても、 わがまま三昧言ったとしても、 それは子供があなたのことを嫌いだからでも、あなたを困らせようとしているわけでもない。

じゃあ子供ってどうしてそうなんでしょうね。

親の注意を引きたい親にかまってほしい 、親に言うことを聞いてほしい、そういうことなんじゃないかなと思います。

根底にあるのは自分が大好きなお母さんに愛されたいと言う率直な想いです。

自分が何をしても何を言ってもお母さんは、自分を愛してくれると言う確信が欲しいのです。

だから自分の言うことすることを、鬼がくるよ、というような一言で全部止められてしまっては、子供の心は全く満たされません。

鬼が来るよって脅されるくらいなら、ママにがっつり怒られた方が子供は納得します。たとえ理不尽の怒り方だったとしても。どうせ怖いのは同じ、だったら鬼よりママのほうがいい、それが子供ってもんです。

人間関係で最も相手を尊重しない対応というのは、 怒ることでも否定することでもなく無視することだといわれますが、 脅して相手の行動と思いを全てシャットアウトするというのもそれと同等ではないでしょうか。

現実とつくり物との区別がつかない幼児には要注意

最近では鬼から電話がかかってくるという、しつけのための子供脅かしアプリがあるんですね。そしてそれを便利だと言って使ってるお母さんたちがいる。私はこれを聞いて背筋がぞっとしました。言いようのない怒りのようなものすら感じました。

この場合画面にすごい形相をした恐ろしい鬼が実際に映し出されるわけですから、鬼が来る、なんていう言葉だけの生易しいものではありません。

もちろん鬼が来るという言葉だけだって、想像力豊かな子供にとっては十分に恐ろしい 。現実と現実でないことの区別がまだ曖昧な幼児にとっては、心の底からの恐ろしい記憶になってしまうでしょう。

成長すれば、そんなの嘘だってわかるだろうし、鬼なんて本当は来ないんだって知るようになる。だから大丈夫でしょ?じゃないですね。

だってそれまで自分の親が自分のことに向き合ってくれなかった現実に、子供はどんな理由をつければいいんでしょうか。あなたは子供が納得する理由を自信をもって話してあげれますか ?

何かしようとすると、 鬼が来てしまう。 鬼が来るよって脅されてしまう。そこは子供にとって安全安心な場所って言えるんでしょうか? 子供は何を信じればいいんでしょうか。

鬼が来るという脅しは象徴的なもので、脅し全般と考えてみてください。怒鳴ったり、罰を与えたり、無視したりということです。

お母さんは自分と真剣に向き合ってくれない。そんな体験の積み重ねは親子関係には不要です 。

子供は親との関わり合いの中で自分の存在を確信する

子供って親が真剣に関わってくれるからこそ、自分の存在っていうものを確認するんです。

仮に無人島に一人でいれば、 自分が自分なのか自分じゃないのか、存在しているという感覚すら希薄になってくる気がしませんか?

自分の存在を確認できるのは自分以外の他者との関係性からなんです。

自分が自分としてここに存在しているということの確信、それは自分がここにいていいんだという安心感につながります。

自分が何をしようと何を言おうと向き合ってくれる親がいる、そんな中で自分は否定されていないという自己肯定感、自分への自信へとつながるのです。

自分の気持ちを受け入れてもらえる、そんな安心できる安全な場所でこそ、子供はのびのびと成長していくことができるのです。

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子供との信頼関係があれば、脅しも脅しにならない

絶対に脅しちゃいけないと言っているわけではありません。時には、そんなことしたらおやつあげないよとか、そんな生意気言うんだったら弁当作ってあげないからねとか、 生意気な子供に腹立ったりして、言ってしまうことはあると思います。

それでも子供がママそんなこと言ったってどうせやってくれるんでしょ、っていうくらいに受け取れるような関係性だったら問題ありません。

私の記憶の中にも、小さな子供だった時、なかなか寝ないとおばけにさらわれるぞ、と親に脅されたという場面があります。窓の外からおばけがこちらを見ているようなふりを親がするんですね。私も外からお化けに見張られている気がしてちょっと怖かったもんです。

でも脅されながらも親に抱っこしてもらえていたり、隠れろ隠れろとか言って親と一緒に布団に潜り込んだり。本当にお化けが来たらきっとお母さんが守ってくれるってどこかで思ってたんだと思います。

それは脅しというよりは、寝る前のお約束のゲームみたいな感覚でした。だから私にとってはいい思い出なんです。まだ一人っ子だった頃の幸せな思い出です。

鬼が来るよ」っと言う言葉に是非があるのではなく、親がどういう気持ちでその言葉を言っているのか、子供がその言葉をどう受け取るのか、によるんですね。

その言葉を言っても大丈夫な関係性であるかどうかだということです。子供が冗談だと認識していれば遊びの一つと捉えることもできるかもしれません。

脅しは悪循環のスタート。将来手痛いしっぺ返しを喰らう

子供に悪影響なのは、しつけ=脅し、という図式が親の中で確立してしまっている場合す。脅すことで子どもの言動を規制する。それが習慣になっているお母さんだと子供は相当辛い。

脅す→親子の信頼関係が育たない→子供の言動にイライラがひどくなる→さらに脅す→親子関係は悪化の一途→脅しがエスカレートする→・・・。

こんな悪循環に陥っていきます。

脅すしつけで、今楽をしたいですか?そのツケが将来何倍もの苦労になって返ってくるかもしれません。成長した子供にはもう脅しはきかないでしょう。その時あなたはどんな手段をつかいますか?もっとひどい脅しで対応するのでしょうか。

親子の信頼関係がなければ、しつけはできない

子供が幼児の頃は、これから何十年も続く親子関係の土台を作る時です。信頼関係をつくっていく大切な時期ですね。

この作業を怠ると子供が成長するにつれてぐらつきがはじまり、それがどんどん大きくなってしまいます。

幼児の頃の親と子の関わり合いというのは、どんどん根っこを深く伸ばしていく作業です。子供が上へ上へと幹を伸ばし始めた時にぐらついたり折れたりしないように。

この根っこさえしっかりしていれば、例えば子供が思春期になって、自分の方向性を見失って、よからぬ方向へ枝葉を伸ばしてしまうことが一時的にあったとしても大丈夫。そのうちいつか必ずその子の居場所に帰ってきます。

この根っこがしっかりしていれば、例えば親子で大喧嘩して、子供が100万回クソババアと言おうと、親がたまにはお前なんか産まなきゃよかったなんて言ってしまおうと、親子関係が崩れることはありません。ましてやトラウマになることなんてありません。

親が子供に絶対言っちゃいけない言葉、なんてないのです。親子で何を言い合ったって大丈夫です。

誤解しないでくださいね、ひどい言葉を使うことを奨励してるわけではありません。相手のことも自分のことも傷つける言葉は、もちろん使わないに越したことはない。ネガティブワードを繰り返し言い続けることはもちろん避けるべき。

でももし言ってしまったとしても、その害はすぐ復興できる程度の最小限に収まるということです。

逆にこの根っこがないままに何を積み上げようとしても無理な話。

ある程度までは何となく綺麗に積み上げることができても、どこかの時点でいきなりガラガラと崩れてしまう。

どうして?今までこんなにいい子だったのに?思春期になった子供が急に全く理解不能になる。それまで子供を尊重することなく、思い通りに子供を制御しておいて、それをうまくしつけができていると勘違いしていたお母さん達に共通する悩みです。

親子のコミュニケーションが共感脳を発達させる

人間って一人では生きていけません。

一人で生きてるつもりでも、今目の前にある食べ物ひとつにも、いろんな人の手がかかっている、歩いてるその道だっていろんな人の労力でできたもの。

こんなふうに人は何かしら必ず社会と関わって生きているわけです。

そして人との幸せな関わり合いを実現するためには、相手に共感するという能力が必要になります。その共感する脳を育てる基盤となるのが、小さなころからの親とのコミュニケーションなのです。

人と関わっていくことで自分が安定する。傷つけられるのが怖いからと、人との付き合いを避けていると、いつか孤独になってしまいます。孤独は心身の健康を様々な形で蝕みます。認知症然り、うつ病然りです。自殺という道を選んでしまう人さえいます。

子供が幸せに生きていくことを願うなら、今思う存分子供とコミュニケーションして共感脳を育ててあげる。「鬼が来る」なんていう脅しは禁じ手です。

まとめ

その子がその子らしくのびのびと成長していくためには、安心で安全な空間が必要です。 そしてその空間を作ってあげるのはお母さんの仕事です。

何を言っても何をやっても、ちゃんと向かい合ってくれる親がいる。それが子供の自信になります。

毎日の生活の中での親子のコミュニケーションは、まだまだ未完な子供の脳の成長にとっても不可欠な要素です。「鬼が来る」などと脅して子供の言動に規制をかけていては、子供の脳は正常な発育ができません。親子の信頼関係も育ちません。

子供をしつけたければ、 親の日々の生活態度を見本として見せる。言葉とその意味を理解できるようになった子供には、誠意ある言葉を選んで言い聞かせることで十分です。

どうしても脅しでしつけをしたければ、子供とのゆるぎない信頼関係が築けてからにしましょう。笑。

ちょっとやそっとのことでは揺るがない信頼関係。それさえできていれば子育てはいつだってどんな場面だって楽しくなります。 逆も真なりです、楽しんで子育てしてると信頼関係ができていくのです。

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