ビンタで躾?体罰うける子供の恐怖わかってますか?

躾って言葉便利ですよね。 これは躾だって言ってしまえば親は子供をビンタしたっていい、何でも許されてしまう。でもそれ実は単なる暴力じゃないですか?

暴力は弱い人が弱い事を見透かされないために、自分よりも力の弱い人に行う行為です。

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しっかり自分と向き合って、強い親になる。ビンタなんてしなくても子供は言うことを聞くようになります。

親が子供をビンタするのは、単なる弱い者いじめ

あなたは誰かをビンタしたことがありますか?

あ、もちろん、この誰かにはあなたの子供は含まれませんよ。ママ友とか義母さんとか上司とか保育園の先生とか・・・。まわりに腹の立つ人って、きっと一人や二人いますよね。

非常識なことを平気でやっておいて謝りもしない。不躾な言葉で傷つけていることさえ気づかない、どれだけ偉いのって言いたくなるほどいつも命令してくる・・・なんて人たち。

もしあなたが子供にビンタしたことがあるのなら、同様にストレス源になっているこんな人達にもビンタしていて当然ですよね。

でも多分実際にビンタしたことあるという人はいないんじゃないでしょうか?対等な大人同士だからでしょうか、 自分より立場が上の人だからでしょうか。大人が大人にビンタするなんてよっぽどのこと、常識ある大人の行為ではないですからね。

じゃあなぜ子供にはビンタできるのですか

子供はあなたより小さくてあなたより弱い、あなたがビンタをしても子供は攻撃してこない、あなたは力では圧倒的に子供より強い、から?そして、自分の子供だからビンタしてもいい、とあなたは思っている。それは子供を自分と対等な存在として扱っていないってことですよね。

その思いは当然子供にも伝わってしまいますよ。ビンタされた子供は敏感に感じとります。ママは自分のことを尊重してくれていない、ということを。

カッとなって子供を叩いてしまった。その本当の理由は自分が感情のコントロールができなかったことや、子供の気持ちに寄り添わず勝手な思い込みをしていたこと、などなんです。

それを「これは躾だから」っていう言葉ですり替えて、自分の行いを正当化しているとしたら、子供よりも子供じみた行為です。

人間は言葉というツールを持っています。思いやりや共感という心もあります。子供と接するときにはそれらをつかうだけで十分です。

自分より力の弱いものに対して、腕力で威圧して思い通りにするというのは、単なる弱いものいじめ。暴力を振るって許される相手があるとしたら、それは自分より確実に強い人にだけです。

ビンタしていいのか?疑問に感じたら子供の立場になってみる

たくさんのお母さんが子育てで悩んでいます。 こんなに怒っちゃっていいのかな、 厳しすぎるんじゃないかな、いやいやもっときつくしつけなきゃダメでしょ、学校の先生に言われたし・・・なんてね。

何が子供にとって良いのか、何を基準に判断していいかわからない。自分に自信がないから周りの言葉に振り回される。自分の親としての感性よりも世間の評価を優先していると、どんどん悩みのるつぼにはまっていきます。

抱き癖がつくとよくないからあまり抱っこをしないほうがいい、と聞けば、つい抱き上げたくなるのを我慢する。悪いことをした時は叩かないと小さい子はわからないから叩くべき、とネットでみれば、かわいそうだと思うのに無理して叩く。

なんかそういうのあほらしいです。滑稽です。

もっとシンプルでいいんですよ。

あなたは誰かにビンタされたらどう感じますか?

もしあなたが自分のやりたいことをしていて、それが単に相手の気にそぐわなくて、相手が怒っていきなりビンタしてきた。その時、やりたい放題やってごめんなさい、私が悪かったわ、ビンタのおかげで成長できる、ありがとう。なんて感謝できると思いますか?

そんなの無理でしょ?ビンタされて喜ぶ人間なんていません。

痛いですよね、嫌ですよね、悲しいですよね。ビンタした相手に対しては不信感や嫌悪感がどうしても出てきますよね。叩かなくったって言葉で言えばいいじゃんって思いますよね?

あなたは普段子供にこんなふうにしつけているのではないでしょうか。「自分がされて嫌なことはお友達にしちゃだめだよ」って。

自分がされて嫌だな~って思うことは人にはしない。相手が大切な子供なら尚更です。そう思いませんか? 判断基準はシンプルです。

なんとなく嫌だなと感じる感覚を大切にする

子育てのトレンドというのも時代によってあるんですよね。

私が赤ちゃんだった頃の少し前の時代は、アメリカ的な育児法がもてはやされたそうです。日本では赤ちゃんとお母さんは添い寝するのが当たり前なのに、ベッドで一人で寝かす方がいい。抱っこしすぎると抱き癖がつくからよくない。赤ちゃんが泣いても放っておくべし。なんていう感じです。

母乳よりもミルクがいいと言われた時代もありました。

最近だと早期教育の是非がそのひとつでしょうか。 小さな頃から英語を習わせたり塾に通わせたり。膨大なお金と時間をかけて必死になっているお母さん達はたくさんいますよね。

根底にあるのは子供のためというよりは、他の子供と優劣差がつくことを恐れて、のような気がします。みんながやってるから、遅れては大変ってことなんですね。 そんなに急がなくったっていいのにね。

ウチの場合は私自身がとにかく子供と遊ぶのが好きだったから、周りのママ友たちが忙しく習い事の送迎をする中、公園で子供と走り回ってました。英語に関しては小さな頃からCDをなんとなくかけたりしていましたが、娘たちには何の効果もなく、息子だけはなぜか発音が良くなりました。そんな程度です。

世間がどんな子育てを推奨しようと、どんなにそれは子供の成長のためにいいと世間で言われても、自分の中の感覚でなんとなく嫌だな~、なんとなく違うな~、と感じた時は自分の感性を信じればいいんです。

はっきりした理由はわかんないけど、なんとなくもやもやする。こういう感覚は意外に、とても、大切です。

体罰なんていいのかな、ビンタなんていいのかな、ってなんとなく嫌な感じがするのなら、しなければいいんです。

理想の子育て論はあなたとあなたの子供のためのものじゃない

躾についてもいつの時代でも議論はあります。 私の子供たちが小さかった頃はビデオに子守させることの是非 、今だったらアプリで躾をすることの是非などもそうですね。

体罰をしていいのかどうか、 これはいつの時代にも聞かれる代表的な議論です。

世間ではいろんな立場の人が自分の都合のいいように、好き勝手なことを言います。あなたは、それに振り回されることはありません。

例えば子供は三歳までは母親が育てるべきだという、いわゆる「三歳児神話」。それを推奨するのは、だいたい昔の男性だったりします。その方が自分たちにとって都合がいいからです。男は外で働き女は家で家庭を守るという考えに固執している人たちです。

子供は社会性を身につけさせるため早い時期から保育園に入れるべき、なんて言ってる人は妻が働くことに理解がある、と言えば聞こえはいいですが、実は経済的責任を自分一人で背負う自信がなく、早く妻に働いてほしい今時の男性だったりします。

どちらにしても世間の最もらしい「子育て、こうあるべき論」は、実際にはあまり育児に携わっていない男性が唱えていることも多いのです。

みんな自分の都合のよいように、子育てとはこうあるべきを偉そうに言っているだけなんです。

だから誰がなんと言おうとあなたには関係ない。気にすることはない。専業主婦だろうと共働きだろうと、 自分の信念を持って子育てをすればいい。そうすれば誰になんと言われても平気になるはずです。

もちろん他の人の意見を聞いたり参考にする謙虚さは大事です。でも軸に自分の信念がないと子育てが辛くなります。子育てだけでなく人生全般において言えることですね。

あなたは体罰は躾に有効だという信念を持っているのでしょうか?

2歳くらいまでは躾不要。叱ることもビンタも当然不要

まだまだ物事の良い悪いなんて理解できない2歳児。2歳児に対してなんてできないし、だから体罰なんて存在しないのです。

2歳くらいまでの子供になら、ただただお母さんは寄り添ってあげてるだけでいい。どんなあなたもそれでオッケーだよって、共鳴してあげてればいい。叩く理由なんてどこにも見つかりません。

叩いてしまったり叱ってしまったりするのは、お母さんの感情コントロール力が乱れてたこと原因です。そこは親としてしっかり反省して、自分を成長させていく以外に親子の関係を良くする方法はありません。

参考:2歳の子供にしつけはどこまで必要?厳しくして大丈夫?

子供の年齢、場合や程度によっては、躾になり得る体罰もある

虐待となってしまうような体罰は論外ですが、体罰全てを否定するつもりはありません。程度の問題というのは、何にでもあります。3歳以上ならお尻をペシンと叩くくらいの体罰なら躾になる場合もある、ということです。

お友達を不用意に叩いてしまった。お友達は痛がってるのに本人はケロっとした顔。そんな場合には、叩いたら痛いんだよっていうことを教えるために、パチンと叩くことはありかもしれません。

熱い鍋なのに、触っちゃ火傷するよ、と言う言葉を無視して触ろうとするなら、火傷しない程度の熱いものを少し触らせて、熱いということを体験させるのもいいかもしれません。

でもなるべくお母さんの怒った顔は見せない方がいい。怖いですからね。怒った顔を見せないためにも、後ろを向かせてお尻をペチン、くらいがいいのかなと思います。でもそんな親からすれば些細に思えるような体罰でも、習慣にするのはやめてくださいね。

もうひとつ、何があってもモノでは叩くのだけはやめてください。ベルトだったりスリッパだったり、手に触ったものでつい叩いてしまうというお母さんは意外にいるようです。

子供を叩くのに自分の手を痛めることさえ拒否するというのなら、子どもを人間として扱っていないのでは、と言いたくなります。あなたの子供はモノではない。血の通った人間です。あなたと対等な。

子供をビンタしてしまったとしたら、その時の自分の手の痛みが、親子関係を修復できる最後の砦になるのです。

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なぜ怒っているのか?何に対して怒っているのか?

さて子供は本当に怒られなきゃいけないことをしたんでしょうか?

ウチの話ですが、新築した当初、夫は子供たちが部屋で走り回ったり、床に何か物を落としたりすると、よく怒っていました。フローリングに傷がつくと言ってね。私にはそれが全く不可解で。フローリングなんて傷がついてなんぼやろ、生活してる証拠やん、くらいに思ってるから、私にしたら全然怒ることなんかじゃないんです。

でも夫の実家はとてもキレイな家でお義母さんがいつもピカピカに掃除している。きっと夫は子供のころ、何か傷をつけたりしたら怒られたんだろうなと想像してしまうのです。フローリングに傷をつけないこと、それを子供に強いるのは、夫にすれば立派に躾の範疇だったわけなんす。

例えばこんなふうに、夫婦でも腹立ちポイントが違う。要は躾しつけと言いながら、子供のために叱っていることなんて実はほとんどないということです。親は自分の価値観や目的通りに物事が進まないことに対して勝手にイライラして怒っている。 よくあることなんですよね~。

だから常になぜ怒っているのか、何に怒っているのかと言う自問は習慣にしたいところです。

怒ってしまったら、一呼吸おいて、あれ、なんで怒ってるんだっけ?自問してみる。今怒らなかったらどうなる?何か不都合が起こるのか?誰にとって不都合なのか?

冷静に自分に聞いてみたら、ほとんどは子供を怒らなくていいことだと気づくでしょう。そうすればその怒りを助長して、子供をビンタしてしまうなんてこともなくなるでしょう。

今あなたが怒ることによって得をするのは誰なのでしょうか? 親の価値観による間違った行いを正された子供なんでしょうか?無理やり子供を自分の思い通りにさせたあなたなんでしょうか?

体罰で躾は不可能。恐怖の記憶だけが残る

いくら親がしつけるつもりで子供に体罰を与えたとしても、子供にとっては恐怖でしかない。殴られた、という記憶しか残らないのです。

なぜ殴られたのかなんてわからないし、自分が悪かったなんて絶対に思えない。体罰が子供に教えることができるのは、親への不信感、反抗心、屈辱感です。子供は無力感から自分を卑下するようになるかもしれません。

心身の安全を保証しないで、何のしつけですか?しつけは子供の心身の安全が保証された場所でしか行うことはできません

体罰が原因の身体の外側の見える傷や痛みは消えても、心の傷は癒えない。見えないけれど、どんどん身体に蓄積されていくのです。そしてそれが時間を経て再び身体の痛みとなって主張してくる。

大人になった時、いつも決まった特定の身体の部位がなぜか痛む、そんな場合はだいたいそれに対応する心のしこりがある場合がほとんどです。心と身体はつながっているのです。 これは私自身のいろんな体験から確信するに至ったことです。

圧倒的に自分より力の強い者からの暴力は恐怖しかない。抵抗できないですからね。母親もそうですが、特に父親の子供への暴力は、絶対にあってはならないことです。

もしパートナーが体罰をする人なら何をおいても子供を守る

本当に恐ろしいことだと思いますが、もしパートナーが暴力を良しとする人だった場合、あなたは全力でその暴力を阻止しなければなりません

自分を殴る父親とそれを見て見ぬふりする母親。子供には信じて良いものが何一つなくなってしまいます。精神的に辛すぎて、暴力による身体の痛みを感じる感覚すら麻痺してしまうのです。そんな状況の中で、子供が自分の存在価値を見いだせず、自暴自棄になったとしても何の不思議もありません。

親に対するしこりを消すには、子供本人がどれだけ努力をしてもかなり難しいことになるだろうし、どのくらい長い時間が必要になるかは想像できません。

自分の思い通りにならないとすぐに大声で怒鳴る、部屋にあるものを蹴ったりして破壊したり大きな音を立てたりする、そんな人は攻撃の矛先がが子供に向かうと子供への暴力ということになるのです。

そして体罰はいけないと思うどころか、躾の一番有効な方法は体罰だとさえ思っている。その人にとっては暴力は正義です。 言ってわからないなら叩いてわからせるしかない、と本気で言うのです。

その人が背負ってきた歴史の中で、その人がそうならざるをえない原因があったのかもしれません。でもそのことについて、あなたがとやかく言っても簡単に改善できるものではないのです。

もし子供へ暴力が及びそうになったら、あなたは子供を抱きしめて暴力から守ってください。なんとしてでもその暴力をやめさせてください。

どんな子供の言動も、親が子供を殴っていい理由にはなりません。

まとめ

ママ友の悩みを聞きながら、なぜ悩まなきゃいけないのかよくわかんないな~って思うこと実は私はよくあります。みんな難しく考えすぎ。

子育てって本来そんなに大変なものじゃないと思うんです。 赤ちゃんが泣いたら抱っこしておっぱいやって可愛いねってほおずりして、一緒にすやすや眠る。

これが子育ての原点だと思います。子供の存在に感謝して、 ただ子供と一緒に今という時を楽しむ。そしたらなんの悩みもなくなるように思います。

親が設定した子供の幸せという目的を達成するために、あれもこれもと頑張ってしつけをして、それが上手くいっているか常に監視して、上手くいってないようなら、 なんとか自分の思い通りにしようとする。またそれも上手くいかないようなら、力づくでもなんとかしなければ、と躍起になる。

だから今目の前の子供が何を考えているのか何もわからなくなる。だからビンタしなくちゃいけなくなるのです。

あなたが躾だと思ってこだわっていること、執着しているもの、それらは実は子供の幸せにとってはどうでもいいことかもしれません

どうでもいいものは全部捨ててしまいませんか?

ド~ンと全体を観て。ほどほどいい感じで流れていればいいんじゃないですか。細かいことにこだわりすぎると大切なものが見えなくなります。

こちらの記事もご覧ください  ⇒子供にイライラ!ひどく怒った後の後悔との向き合い方

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